酒蔵さんぽ 越後の誉れ高き銘酒たれ「原酒造株式会社」

原酒造さんは創業200年を迎えた伝統ある酒蔵です。幾度となく大きな災害を乗り越え、そのたびに酒造りは進化しています。

創業:文化11年

創業は江戸時代後期の文化11年。当時の柏崎は北国街道の宿場町として、また千石船による海運の町として栄えていました。そのため、優雅で気品に満ちた都の文化が溶け込み、独特の文化が開花したといいます。豊かな自然の恵みと、文化水準の高い土地柄に支えられ酒の味も磨かれていったに違いありません。柏崎の自然、人情、文化、そのすべてが樽の中に醸されています。

苦難を乗り越える酒造りの歩み

原酒造にとって明治44年(1911年)は特別な年です。
柏崎は風の強い土地柄で何回も大火が発生し、そのたびに大きな被害を受けることとなりました。

明治13年、明治20年、明治30年と大火が発生し、たくさんの家屋が焼失しましたが、桐油屋火事と呼ばれるこの年の大火は蔵を焼失するなど大きな被害をもたらしました。海運で賑わった港や中心市街地に近く、火元となる繁華街にも隣接していたため被害を受けることになりましたが、明治44年以降は繁華街の主要な施設が移転したことで火災の数は減少しました。

このとき4代目当主は「幸せを呼ぶ酒造り」を目標に蔵の再興に全力を尽くし、復興を願う多くの力を結集して西蔵を完成させました。
昭和3年(1928年)に「越の誉」を発表。この名前には「誠心誠意をもって酒造りに励み、人々に愛され、郷土の誉れとなるように」という蔵人の想いが込められています。

昭和40年(1965年)は前年に発生した新潟地震を教訓に新工場を建設し、会社としての組織強化を進めます。
そして昭和47年(1972年)は大きな誉れの年となります。日本と中国(中華人民共和国)が国交を結ぶという日中国交正常化に際し、当時の田中角栄首相より、ふるさとの日本酒をとの計らいとその酒質を評価され「越の誉もろはく」が北京の人民大会堂にて記念晩餐会の乾杯酒となりました。「越の誉」が国酒の代表を務めたのです。
その歓びから37年後、再び災害に見舞われます。

平成19年(2007年)7月16日に起きた中越沖地震です。この地震によって社屋の約7割が倒壊するという大きな被害を受けました。お酒の仕込みを行なう生産設備や主要な施設は被害が軽く、休日で社員全員が無事だったことは幸いでした。8月中旬には瓶詰めラインが稼動し、二ヶ月半で通常業務ができるところまで復旧していきました。

平成20年(2008年)中越沖地震から1年後、全壊した酒蔵にかわる和醸蔵が完成し、復興の歩みを速めます。「和の心にて良酒を醸すべし」の意味を込めて命名されたこの蔵は、高品質の酒造りのための施設となりました。

平成22年(2010年)には酒彩館がオープン。こちらは四季折々の日本庭園を見ながら、ゆったりとした空間で「越の誉」のほぼ全アイテムが購入できるオフィシャルショップです。




安全安心の米作り

平成9年に地元・柏崎の農家と契約栽培を始め、平成12年には上越市の酒米農家で結成した「E酒米つくろう会」とともに酒米の契約栽培が始まりました。現在では、原酒造の酒米の約8割が契約栽培でまかなわれています。100%生産者のわかる米を仕入れることで、より安全安心なお酒を提供できるとともに、直接の田んぼを見て回ったり、農家とのコミュニケーションをとることで、作付け状況の出来具合の情報が酒造りに生かされています。

会社の理念

「越後の誉れ高き名酒たれ」

創業以来から築き上げてきた味に新しさも重ねつつ人々に末永く愛されるお酒を醸し続けています。また、過去には国酒として選ばれ、その誇りは今もなお蔵人たちの姿勢として生き続けています。


原酒造株式会社
■所在地:新潟県柏崎市新橋5-12
■TEL:0257-23-6222
■創業:文化11年(西暦1814年)
■代表者:原 吉隆
■URL:http://www.harashuzou.com/

★寄り道スポット

原酒造さんの酒蔵を柏崎駅とは反対方向に10分ほど歩くと柏崎中央海岸が見えてきます。ドーム型のイベント施設が設置された「みなとまち海浜公園」は、年間を通じていろんなイベントが開催されます。ウインドサーフィンやシーカヤック、ジェットスキーなど、春から秋にかけていろんなマリンスポーツが楽しめます。

 

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